死ぬのも生きるのも同じくらい苦痛。生は希釈した死。
— カソクキセンパイ@ワコォ (@AccSempai) 2024年12月22日
キューブラー・ロスによる死の受容過程かと思った pic.twitter.com/2r9I5HZQk4
— ワサ (@0141hamuuu) 2024年2月3日
生きていく中で月を眺めるよりも多く「死にたい」と呟くようなこの世で、何遍もの希死念慮に晒された後に死なずにそれなりに今も生きているという人は少なくは無い。酒は逃げ、と言うが、生きているうちは逃げ恥で、すなわち明日を紡ぐのに必要とあらば手段を選ばないのである。
―――コスパ最強を選ぶなら「死」
https://t.co/ZPwtHlSsh6 pic.twitter.com/fYJPJtbytd
— キティー Kitty (@kitty_lifehack) 2024年4月20日
「正月は冥途の旅の一里塚」について、以前は単なる気の利いたブラックジョークと受け取っていたのだが、年を取ると年々残り時間が少なっていくという嫌な実感とリアリティをもって響く
— スドー🍞 (@stdaux) 2024年12月23日
養老孟司氏も効率化を求めるならすぐに死んだほうが良いという旨の発言をしていた気がするが、たしかに面倒臭いの連続が人生って気がする。
―――死は赦しではない
誰であれ死んだら和解、死んだら追悼みたいな薄っぺらいヒューマニズはマジで糞だと思う。なぜ人間が地獄を発明したのかという話。唯物論者でも、いや唯物論者なら尚の事、今生きている人間の為に、死んでも許してはいけない人がいる事が分かるはず。イギリスの労働者はサッチャーの死を盛大に祝った。
— 永続新歓の法大文化連盟 (@jinmin1991) 2018年12月26日
理想の死
こういう終わり方が理想的だな pic.twitter.com/s3u6xadhiQ
— 柴崎乃愛 (@jt2mcr) 2024年9月24日
死にたいってよりは生まれてこなければよかったのが真意に近いし、言うなればどうせ生きるのであれば楽しんで元を取りたい感じがする。すなわち、生きていてこそでなければ楽しめないことに夢中になって気付いたら「死」というのが理想。
西村賢太、タバコ1日100本×40年、365日宝焼酎飲酒、つまみにカレーやカツ丼がぽがぽ、昼夜逆転生活、独身親族友人もゼロ…で、50代にして本人も死んだことに気づいたかどうかみたいなポックリ往生。タクシー内で死亡したので自室で溶けることもなし。男の生き方と死に方の理想ではある。
— 黨可可🌾☭⚙ 毛病养成恶习 (@kisama888) 2022年2月5日
90過ぎて自宅のソファで酒を飲みながらアカデミー賞を観て、誰かの衣装に文句をつけつつ嫁に酒のおかわりを頼んでる最中に逝くなんて、なんて理想的な死に方なんだ↓
— まことぴ (@makotopic) 2018年3月6日
タワレコ創業者が死去 92歳。自宅でウイスキーを飲みながらアカデミー賞を楽しんで最期を迎えた。 https://t.co/bFhhUuNefV
不健康な生活から一転、禁酒・禁煙で娯楽を絶ったところで、その娯楽と言う無駄に興じることで何とか保っていた心の健康が祟って「もう無理…」と自決したのでは元も子もないし、健康のためのランニングで交通事故に遭って死ぬなんてこともある。
☟理想ではない死については下記Wikiについてまとめられている
希死念慮
明確な意志を持って自殺をする生き物は人間のみである。人間は賢くなり過ぎた。本来、生きる上での苦しみ、痛みの果てにある答えは死ではないのかもしれない。生きている今を過ごすのに、苦しみや痛みを乗り越えてまで生きる、それが本来の獣らしい一生なのだろう。自ら死を選択する、という発想自体、核兵器の如く生まれるべきではなかったのだろう。
恥ずかしながら、自殺を図って失敗。 病院を退院する時、 「悩みから解放されて眠っているあなたは、とても綺麗であのまま眠らせておいてあげたかったけれど。ボクは医者だからね」 とお爺ちゃん先生だったけど、綺麗なんて言われた事が無いので嬉しかった。 その後、私を真っ直ぐに見て 「生きなさい」 と言ってくれた。 もう何年も前の事だけれど、辛くなったら思い出す。
「自殺したくなったらエジプトのダハブに行くといい、30万円もあれば綺麗な海を見ながら1年はのんびり暮らせる」という話と「自殺したくなったらスイスに行くといい、70万円で安楽死させてくれる」という話がほぼ同時期に流れてきた
— Cheru (@Cernobyl) 2014年8月24日
【衝撃】「死にたかった。でも、治ってしまった」 強迫性障害をライフルで“治療”した青年の奇跡
— 世界のど迫力映像@フォレスト(Forest)🕊️ (@investorMM) 2026年5月10日
■ジョージ(当時19)氏🇨🇦
・1983年、カナダ。重度の強迫性障害(OCD)により人生が破綻
・極度の潔癖症で、1日に数百回の洗手、数時間のシャワーを繰り返す地獄の毎日… pic.twitter.com/RoAhNedpPW
生の実感を持っとこう 頭どんだけ狂っても
世の中には、ちょっとのラッキーで数ヶ月生き永らえる者がいるが、私は僅かな不幸で希死念慮が湧き、寿命が危ぶまれる。心が病んでいる時に目の前に約束された死が現れたらつい目が眩みそうなくらいにはギリギリでいつも生きているような節がある。
よく眠りたまに色々考える主婦 @toppinpararin 2016-10-09 08:33:22 鬱になり、まだ受診せず何とか仕事行ってた時期、駅のホームで電車待ってて突然「あっ、飛び込めば楽になる!」と思ったんだけどその時はほんとに目の前がパッと明るくなるというか、何故こんな簡単な事に気付かなかったのかという感じ。尿意を限界まで我慢してる時にトイレが目の前に現れる感じ。 それまでは自分にそこまで強い希死念慮があると思って無かったので、ほんとに発作的に。で、踏み出そうとした足を、目の前を通り過ぎたおばちゃんの引いてたキャリーカートの車輪に思いっきり轢かれて我に返った。今でもあのおばちゃんは私の神様だと思ってる。振り返りもせずに轢き逃げしてったけど。
この2つは絶対に覚えていて下さい
— ろみ🍏 (@kuzuha1017) 2024年3月31日
・希死念慮は脳の誤作動
・強い自殺衝動は30分しか続かない
死にたい、は脳からの間違った指令
30分やり過ごせば自死は防げます
因みに「強い自殺衝動」と「慢性的な希死念慮」は違います
30分経てばとりあえず命の危険は去るという意味です
庵野監督の「死ぬのは別にいいんだけど痛いのはやだなって」ってやつ、希死念慮があっても普通ここでストップがかかって実行されないと言われてるので、飄々としてるように見えるかもしれないがスッと出てくるのはガチ感がある
— すきえんてぃあ@書け (@cicada3301_kig) 2021年3月24日
―――生きぞこないよりはましだもんな
16歳の時自殺未遂して重度障害者になりました。知り合いの重度障害者にも自殺未遂の子、結構います。死にたくなる気持ちはめちゃくちゃわかるし実際希死念慮は自分でどうにか出来るものではないです。「死にたい」と思ったら軽く見ないで、しかるべきところへ相談を。家族や友達も協力してください。 https://t.co/dzWzYWqxk8
— 豆塚エリ📕3刷「しにたい気持ちが消えるまで」 (@mamen325) 2021年5月23日
―――人の意見を真に受けないことは、自身の希死念慮を遠ざける
日本で一番自殺が少ない街の人たちは、人の話を聞かない、っていう面白い研究があるからこの盛り上がりの最中にぜひ見てほしいです。投票以外に出来ることなので。https://t.co/NbLvCqgPnA
— 🦀かわいいかにの天使🦀 (@yuri_feu) 2019年7月16日
―――死も馬鹿馬鹿しくなってみる
ふとした、何気ない発言から思考が変わり、死ぬ方向からとりあえず生きる方向に切り替えてなんとか生きながらえているという方のエピソードが下記である。
どうやら、この件をきっかけに炭火焼きの美味しさにハマり、ソロキャンプに手を出し始めたとか。
シイタケとかを焼いて、日本酒をキュッと飲むといいよね〜。
投稿者さんは、働いていたホームセンターで、練炭を買おうとする客を見て、そう話しかけました。
練炭は、石炭の粉を主原料に固めた燃料で、『練炭コンロ』などの専用の燃焼器具で使用します。
投稿者さんの話を聞いた客は、練炭を買って帰ったそうです。
その客は後日、再び店にやって来て、こういいました。
実はあの日、練炭で命を絶とうと思っていた。
練炭を買った時は、心が追い詰められていたという、客。
しかし、投稿者さんに話しかけられ、「シイタケはおいしそうだな、最後に食べようかな」と思ったそうです。
そして、シイタケと一緒に日本酒も買い、晩酌をしていたら、練炭の準備をすることもなく、いつの間にか寝てしまっていたのだとか。
客は、投稿者さんに「あの言葉のおかげで、今もまだ生きている」と感謝を伝えました。
☟下記noteでは「孤独」や「自殺」について踏まえた内容を記述しているので、こちらも合わせて読んでいただきたい。
合わない人間関係は孤独以上に死を促進する
84: 誰そ彼 22/09/07(水) 04:25:25 ID:uWqy
上島竜兵や三浦春馬は本当になにか人間なり社会に失望してしんでしまったように感じる
悲しいけどこれを防ぐのは難しいように思うだけど神田沙也加とか木村花はワイには誰かへの面当てで死んだように感じるんだよな
間違ってるかもしれんけど
神田さんは結婚しようとしない男への面当て
木村さんはアンチへの面当て
そんな風に思える
仮にそうだとしたらもったいない
命がもったいない
落ち着けば、一晩寝て改めて考えたら死ぬほどじゃないってなったんじゃないかなって
そう思うワイも自殺しそうになったこと2回あるけど
2回とも自我の消滅が怖すぎてとりあえず学校サボってアパホテルに泊まって起きたら
やっぱ死ぬの馬鹿馬鹿しくなって生き延びたのよね
86: 誰そ彼 22/09/07(水) 04:28:34 ID:KRJd
>>84
言うは簡単やけどその冷静さが失われとる状態やからな
自殺衝動乗り切れるのなんて単なる運よ91: 誰そ彼 22/09/07(水) 04:33:19 ID:uWqy
>>86
ワイは運だとは思わない
恐怖のおかげだと思うんよ
そういう機能が組み込まれてるんだと思うワイは自殺しかけて出来なくて逃げ出したとき母親に言われたのよね
「お前には自殺する勇気なんかない」と
その時思った勇気がないって素晴らしいことだなって
だって努力とか才能なんて要らないんだぜ?
ただ「怖いから延期する」
これだけで死なずに済むんやで95: 誰そ彼 22/09/07(水) 04:44:40 ID:dQ5v
>>84
>>自我の消滅が怖すぎて分かる ほんとこれ
お釈迦さまが「なんで死んだこともないのに死んだら楽になれるなんて思うんや」って仰ったらしいけどほんと真理だと思う
日本に自殺者が多い理由は仕事が長時間だったり競争社会であることがあるが、それよりも多くの人が普段から話し合える友人を複数人持っていないという事が大きいのではないかと思う。全く別の複数の人と相談できる環境をいつも持っていることが心の拠り所となる。時間がないから持てないのだろうか。
— 悪いことをした政治家をちゃんと刑務所に送り込める社会になりますように (@x__ok) 2018年12月1日
☟人との交流については、下記記事にてまとめている。社会参画の大事さは、人と関わることで自己の存在を肯定し、人恋しさや寂しさを紛らわし、自負心を持つところに依存する。
ただ一方で、合わない人間関係は死を促進するというのは、人生の半数を占める仕事において、職場の悩みの1位として挙げられる人間関係、翻ってそれを原因に死を選らぶというような流れが散見される。これは退職後の老人においても同様のことが言える。
☟下記noteでも記述しているが、家族との相性が合わない老人ほどストレスが溜まり、孤独死という事もあるようだ。逆に孤独死であっても、その惨状を見ると生活自体は苦ではなく、案外最期まで楽しんでいたという形跡さえ見られるという。
反出生主義
反出生主義同士で馬があって結婚した夫婦が普通に子供生んでてちょっと笑ってしまった。
— ひかりん@婚活菩薩 (@hikarin22) 2024年6月19日
■品田遊『ただしい人類滅亡計画 反出生主義をめぐる物語』
生まれてこの方トータル収支で負けてると思うほど生きる負担の大きさに苛まる故、その苦しみを知った中で敢えて子供を産むとその子供に同じ苦しみを味わわせるのではという苦悩が少なからず過るが、それが反出生主義が生まれる源流だと考えていた。が、実際は単に生きるのが辛いからという利己的な悲観主義ではない総括的な側面から見て、反出生主義は道徳主義な主張で理屈上では正しいことがわかる。
最後にグレーが出てきて話した内容が真の意味でこの世を生きる人間が持つべき考えのように思えた。各々価値観が異なり、同じ境遇においても前提として与えられる条件の捉え方が違う故、その言葉の域を超えた当人の感覚は当人にしか真に理解することは出来ず、善悪とされるものの考え方さえ、総括的な考えではなく結局自分がどう思うかによって成される。大事なのは自分がどう思うかであって、どの考えも結局はそれを判断する者の価値観によって左右される。
結局は信じられるのは自分だけ。自分が生きていく上では、自分がどう思うかが重要な指針になり、他人に忠言する理屈も結局は己のエゴで発される。
■デイヴィッド・ベネター『生まれてこない方が良かった 存在してしまうことの害悪』
上記著書の原典となる書籍。本文自体は論文を和訳したような雰囲気で読み進めづらく、ことをより一層ややこしくしているような、回りくどい文章に感じられる。
序盤は、いかに生まれてこないことの方が幸せであるとか、大人になった時に降りかかる災難を鑑みて生まない方が子のためであるなど、手を替え品を替えジョークを交えて説明している感じであまり要領を得ない。深夜テンションで厨二病を発揮したような文章になっている。
実際、死にたいと口にするより奥深く、生まれてこない方が良かったのでは?と思うことも幾度と生きていく中で頭を過ぎった考えではある。
著者は、反出生主義のこの世は子を産み育てるには酷い環境であるという一意見に対し、仮に苦しみの少ない環境であったとしても子作りは許されるものではないだろうと説いている。
「存在してしまうことが害悪となるのはどういう場合か?」という問いに「常にだ」という回答が述べられ、出生前の人間が、前提として最終的に良い人生を歩むだろうとした場合、そうした人間は利益があるとする主張に対し、前提から間違っているとしている。それは端的に、何の苦しみも無い仮想的な理想郷でない限り何らかの害悪を孕んでおり、そのような世界に存在することは害悪であるという結論である。ここで良いこと悪いこと(快楽と苦痛)を挙げ、存在しなければそもそも快楽の享受がなくともそもそも存在がなければ意味がなく、快楽の喪失自体が悪いものと扱えない、すなわち存在自体がなければ苦痛もなく快楽もないが、故に良くも悪くもない(必ず起こりうる害悪、ここでは苦痛もない)のだから、存在することが害悪なのに対し、存在しないことは害悪ではないのであると示している。
安楽死
スイスにて安楽死当日。
— 髙橋𝕏羚@闇を暴く人。 (@Parsonalsecret) 2024年3月18日
医師
「バルブを外したら何が起きるかわかりますか」
迎田さん
「私は死にます」
医師
「それがあなたの最後の願いならば、バルブを開けて良いです」
迎田さん
「イエス、OK。ありがとう」
迎田さんはスイスで安楽死を選んだ。… pic.twitter.com/mgX8v7R56R
日本でも安楽死認めたら良いのに pic.twitter.com/t9HD7VnXiO
— かんな◡̈ 美容🇰🇷🗼ℒℴ𝓋ℯ (@jkanna_biyou) 2024年3月16日
―――マーシトロン

マーシトロンはギリシャ語で「慈悲の機械」という意味である。これは一酸化炭素入りのシリンダに接続されたマスクを患者にかぶせる方法で、バルブを開いて一酸化炭素が吸入されることによって発生する一酸化炭素中毒を利用し、死に至らしめるというものである。
上記の自殺装置"マーシトロン"は医者であるジャック・ケヴォーキアン氏が開発した装置である。
1990年4月16日 ジャック・ケヴォーキアンが自作の自殺装置により初めて自殺幇助を行う
— MIKU@明日&今日は何の日 (@kyounorekishi) 2025年4月15日
米国の病理学者、元医師。末期病患者の積極的安楽死の肯定者で、自作の自殺装置を使った自殺幇助活動にちなんで”死の医師”と呼ばれた。1999年に殺人罪で服役するが、亡くなるまで安楽死・尊厳死の啓発活動を続けた
―――安楽死の考えの広まるヨーロッパ諸国
「幇助自死(Assisted dying)」は定義に議論があるが、一般的には死に至る病や、耐えられない痛みや障害のある人々が、医療従事者から処方された薬を服用し、自ら命を絶つことを指す。医療従事者が患者に薬を投与する安楽死とは区別される。
イギリスをはじめほとんどの欧州諸国では、幇助自死は違法だが、長年、何千人もの人々が、自らの命を絶つためにスイスを訪れている。
安楽死認めてほしい派だけど、このマシンは酸欠にして死ぬみたいで、気絶するらしいが苦しそうで何かやだなぁって思ったやつだなぁ。中止もできないらしいし。逮捕されるやつだったのか。
ヨーロッパのみならず、アメリカやオーストラリアの一部の州でも安楽死が認められているようだ。
ただ安楽死には種類があり、「積極的安楽死」と「医師幇助自殺」がある。前者と後者の違いは、他者が死を実行するか、当人自身がそれを行うかの違いである。日本では延命治療を断念する形での「消極的安楽死」いわゆる、死期を早める尊厳死が認められている。

2015年に、まずカナダのケベック州が、翌2016年にカナダ連邦政府が、安楽死を合法化した。合法とされたのは「積極的安楽死」と「医師幇助自殺」で、その両方をひとくくりにして「Medical Assistance in Dying(MAID):死への医療的援助」という呼び方を採用した。
MAIDが認められるには、①死期が予見されている、②患者本人が許容できると考える条件下では軽減することができない耐え難い苦しみがある、という2つの条件を満たす必要がある。②の条件によると、標準的な治療や緩和ケアによって軽減できる苦痛であったとしても、本人がそれを「許容できない」とすれば安楽死が許容されるということだ。そして、合法化から5年後の2021年、MAIDが認められる①の条件がなくなり、非終末期の人にも安楽死を認めるようにした。つまり、本人が許容できない苦痛があれば、死が間近に迫っていなくても、安楽死が認められるようになったのだ。
パーキンソン病を患う日本人女性もスイスへ向い、安楽死による決断を選んだというニュースがある。2022年の出来事である。
―――安楽死を推奨する上での懸念点
人間がいざ死ぬとなって死と向き合うとき、それは希死念慮ではなく生存欲求が湧きたつのではないだろうか。
173 名前: 鉋(東京都)[] 投稿日:2010/03/11(木) 15:36:37.56 ID:0JjosGaW
日本みたいな自殺大国でいきなり安楽死法案やったら
大変なことになるだろうな。
185 名前: スプリッター(catv?)[sage] 投稿日:2010/03/11(木) 15:38:55.82 ID:IcNOmYGp
»173 逆に生きる気力が沸いてくるから大丈夫 いざとなれば楽に死ねるという後ろ盾は思ってるよりも大きいと思う
わざわざ他国で社会実験をしてくれるのだからありがたい。日本はこの結果が出てからゆっくりと議論を進めればよい
生きていればその先良いこともある。そういった類の言葉、焼け石に水のようであっても、自分を鼓舞し、身を助く足しにはなった。ただ、この局面でいざ目の前に約束された死が現れると、飛び込みたくなるほどには軟弱な指針である。安楽死を望む声は決して少なくはないが、それは自身で決断するものであり、他者が口出しすべきことではない権利である。これが他者に死を諭すものとしてあってはならず、苦しみから解放され人間らしく人生を選択する道であり、決して他人を殺すものであってはならないのである。
「安楽死を認めたら『何故申請しない?』と言われるようになる」っていう話、既視感があると思ったら「自動車免許の自主返納」で既に発生してるのな
— 🅾🅺🅰🆉 (@okaz6809) 2024年3月15日
以上。

